生涯現役、引退後も貫き続けたいと願う、清水希容の空手道に迫る
生まれ変わっても、空手をやりたい
強さと美しさと激しさを兼ね備えた女性空手家がいる。過去2度も世界の頂きに立っている清水希容(ミキハウス)だ。専門は「形(カタ)」。四方に対戦相手がいることを想定した上で次々と技を繰り出し、テクニックや力強さを競う。空手といえば実際に1対1で戦う組手をイメージする人も多いが、フランスなど一部の国では組手を凌ぐほどの人気を誇る。
8年前、フランスで開催された国際大会で優勝した宇佐美里香のパフォーマンスは、インターネットで1,000万回以上も再生されている。力強さと優美さを交錯させた形の動きは、芸術に敏感な人々の心を揺さぶるのだろうか。その宇佐美から女王の座を引き継いだ清水は、小学校3年の時に空手衣に初めて袖を通した。兄が習っていたことがきっかけだった。以来、ずっと空手を続けている。その理由を聞くと、清水は「やっぱり空手が好きだから」と答えた。
「やればやるほど、魅力や深さを感じます。たぶん生まれ変わったとしても、空手をやっていると思う。自分の中で空手に勝るものはない」
空手は沖縄が琉球王朝と呼ばれていた時代に、同王朝の士族が教養として学んだ護身術がルーツといわれている。空手に先手はなし。形も、必ず相手の攻撃をサバいたりよけるという動きから始まる。柔道の「一本」が海外でそのまま使われていると同様に、空手では「クーサンクー」など形の名前は琉球の言葉が使われている。
また形が始まると、時折「シュッ!」という音が聴こえてくる。ボクシング選手がそれを口から出しているのに対して、空手家のそれは道衣と体が擦れる音──衣擦れから生じるものだ。間違いなく形には、キャリアを積み重ねたものにしかわからない濃淡がある。清水は歴史の重みをひしと感じている。
「空手には先代からずっと伝わってきたという、生きた歴史がある。単に形をやっているというわけではない。その動作ひとつひとつに意味がある。そういったところは独特だと思いますね」
見えない相手を想定して戦う。その動きは実戦性が伴っていなければ評価されない。清水は「想像力が豊かでないと、何も生まれてこない」と力説する。
「相手が見えてこないと、形は成り立たない。だからもっといろいろな知識を得たいと思い、日々稽古しています」
オフの日は体のケアに専念
清水は四大流派のひとつである糸東流(しとうりゅう)を師事する。他の流派に比べて形の数が多い流派で、44種類が認定されている。ひとつの大会で優勝するためには、異なる4種類の演武をしなければならない。1日の練習時間は4~6時間。コーチと一緒にやる時には12時間に及ぶ。オフは1週間のうち1日しかないが、そのオフも体を休めるだけという徹底ぶりだ。
「休養も練習のうちといわれているので、必ずとるようにしています。休むことで体力の回復に務めたいので、オフの日は体のケアに専念していますね。ショッピングや趣味に使う時間はほとんどありません」
そんな清水も舞台を下りればおっとりとした女性に変身する。取材時、目の前にいる清水は舞台にいる清水と別人に映った。その旨を告げると、清水は「周囲からも、よくそう言われる」と微笑んだ。
「形をやる時にスイッチを入れるとか全然意識していない。本当に相手と闘っていることを想定してやっているだけです。私生活は至って普通ですよ」
対照的に演武中の清水からは凛としたオーラが漂う。キリリとした宝塚の男役のような容姿は見る者を引きつけてやまない。舞台に立つ時には自分の世界にどっぷりと浸る。
「基本的にまわりは全然気にしないし、見えていない。そういえば、演武前は周囲から『話かけづらい』『近寄りがたい』とよく言われますね」
演武中は無心で動いているわけではない。「頭はかなり使っている」と打ち明ける。
「本当は頭を使わずに動く方がいいと思うけど、いろいろ試したいという気持ちの方が大きい。だからその時の課題を考えながら動いています。今年の夏は何も考えず思い切りできるようにと思っていますけど」
形は男子の喜友名諒が現役の世界チャンピオンとして君臨しており、世界的なスポーツの祭典では男女とも好成績が期待されている。当然、喜友名と比較されることも多いが、清水は「男子に勝ちたいと思いながらやっている」と打ち明けた。
「やっぱり男子にパワーで負けるといわれるのは悔しい。でも、その一方で女子には女子ならではのしなやかさや、スピードがあったりする。スピードは女子の方がダントツに速いと思います。それぞれがあるものとないものをお互い求めながらやっているんじゃないですかね」
トレーニングラボに対する絶大な信頼感
清水は“空手界のチャンピオンズリーグ”と呼ばれる国際大会に出場するため、海外遠征も多い。足を運べば、平均して1週間は現地に滞在するという。
「海外では環境が整っていないことの方が多いですね。絨毯の上で練習すると、足を痛めやすかったりする。微調整するのは日本、海外では体の動きをざっくりと復習するという感じでやっていますね」
異国でも最大のパフォーマンスを発揮するためには日々の食生活も重要になってくる。清水は日本から持ち込んだ食材で自炊することを心がけている。
「全部日本から持っていく国もある。母が考えてくれたレシピ通りに自分で作るという感じですね。レトルトや乾物系が多いけど、栄養のバランスはしっかり考えてくれている」
2年前からinゼリーなどでアスリートをサポートする森永製菓がスポンサーになったことも清水にとっては大きかった。
「海外遠征の時には、inゼリーをいつも持っていきます。基本的には練習中とか終わりに飲む。あとは乗る飛行機によっては機内食が合わないこともあるので、そういう時にはinゼリーを飲むようにしています」
即座の栄養補給という意味でもinゼリーは大きな味方になっているという。
「やっぱり海外に行くと、気をつけていても栄養不足やエネルギー不足になりがち。しかも大会中はビタミンを摂取できる時間が全然ないので、マルチビタミンで補給しながらエネルギーも補給することで体力が落ち切らないように心がけています。結局エネルギーの残し方がメダルマッチ(決勝)に関わってくるので、私にとって飲み分けられるinゼリーの存在は本当に大きいと思いますね」
国内の練習の拠点は大阪や東京で練習することも多く、トップアスリートをサポートするトレーニングラボに立ち寄ることもある。
「基本的に月に数回、トレーニングを見てもらいながら、大会前にはどのようにして過ごすかを相談しています。大会が終わってからも必ずミーティングしていますね。フィジカル面でも技術面でも、悩みを打ち明けると答えを出すために試行錯誤してくれる。チームで闘っている感じなので、トレーニングラボに対する信頼度はかなり高いです」
空手の伝統を追求していくためには、引退してからの方が大事
2020年の大舞台を目前に控え、清水の心境には大きな変化があるという。
「やっぱり気持ちの持ちようが違いますね。覚悟を持ってやっていかないといけないと思います。これからは大変なことの方が多いことはわかっている。その中でひとつでも楽しさを見つけ、プラスに変えられるようにしていきたい」
大会が近づくにつれ、清水には日本国中から大きな期待が集まる。その熱視線とも、うまく付き合っていかなければならないことも承知している。
「今年1月、パリで行われた国際大会では自分にかなりのプレッシャーをかけ、その中でやっていたところがあった」
結果は2年ぶりに決勝進出を逸し、3位という結果に終わった。ケガをしていたことも痛かったが、この敗北によって清水は気持ちを切り換えた。専門家筋から指摘された「呼吸法や力の加減」という課題も、必要以上に捕らわれたくないという。
「これからは人に助けてもらいながらやっていきたい。いろいろな人たちに頼りながら一緒に闘っていくということができたら、どんな大会でも勝てると思う」
ライバルはサンドラ・サンチェス(スペイン)。パワーあふれる動きを武器に、30歳を過ぎてから台頭してきたベテランだ。国際大会の決勝は清水とサンドラの組み合わせになるケースが大半で、勝ったり負けたりを繰り返す。清水は、いつもサンドラについて考えているという。
「サンドラがいま何をやっているのか。どういう意識で動いているのか。向こうも気にしていると思うけど、意識しすぎるのも良くないので、『自分はどうすべきか』『どういうふうにやれば、自分らしさが出せるか』ということを第一に考えています」
清水か。それともサンドラか。女子の頂上対決はふたりに絞られた感もあるが、清水は「自分なんてまだまだ」と謙遜する。
「正直、今まで頂点に立ったという感覚はない。確かに世界の舞台で優勝した経験はあるけど、そこだけを目指していたわけではない。現役中の一番の目標は、世界の舞台で素晴らしい演武をするということ。空手の伝統を追求していくためには、引退してからの方が大事なのではないかと思っています」
競技者として第一線で戦う時間は有限ながら、空手道という道を極めようとする努力は一生続くということか。清水は未来のことも見据えている。
「正直、引退はまだ決めていない。自分でここまでやったと思ったところで引退しようと思っています。そのあとは次世代をしっかり育成できる指導者になりたい。自分が経験したことを次につないでいけるような活動をしていきたい」
先代から脈々と受け継がれた形の伝承こそ、清水のライフワークとなるのか。その前に清水は夏の大舞台で最高の演武を披露するつもりだ。
(文・布施鋼治)