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横浜F・マリノスあぐのむ選手 トレーニング密着取材 前編

2020/02/27

「RAGE Shadowverse Pro League 19-20 2nd Season」のリーグ戦を一位で通過した「横浜F・マリノス」。チームの躍進を支えたのは、自身初のシーズン勝ち越しを決め、キャプテンとして大黒柱を担ったあぐのむ選手の活躍に依るところが大きいだろう。

瞑想を始めとしたメンタルトレーニングが代名詞にもなっているあぐのむ選手だが、「トレーニングラボ」での身体的なトレーニングを取り入れたことが成果に繋がったという。「トレーニングラボ」にて、牧野トレーナーと共に行っているという、あぐのむ選手のトレーニングに密着。

取り組みとその成果について、あぐのむ選手本人と牧野トレーナーお2人に伺った。前編ではトレーニングに関する内容、後編では、あぐのむ選手がシーズン中に感じた成果についての内容をご紹介しますので、ぜひご覧ください。

牧野講平トレーナープロフィール

北海道札幌市出身。高校時代は陸上競技において、北海道高校記録を樹立するなど自身もアスリートだった。イースタン・ワシントン大学にてフィジカルトレーニングの基礎を学び、2004年より「ウイダートレーニングラボ」に所属。
フィギュアスケート・浅田真央選手やスキージャンプ・高梨沙羅選手などをはじめ、数々のトップアスリートを影で支える日本屈指のトレーナー。

――あぐのむ選手は「トレーニングラボ」でのトレーニングをいつ頃から始められたのでしょうか。
※(2020年2月取材時)

あぐのむ選手:2019年の10月からなので、5ヶ月ほどですね。

――トレーナーの目から見て、トレーニング前のあぐのむ選手の体はどのような状態でしたか。

牧野トレーナー:eスポーツ選手にありがちな猫背で、運動をあまりしていないことから筋肉量が少なかったですね。

――あぐのむ選手も自覚はありましたか。

あぐのむ選手:猫背はずっと言われていたことだったので、自分でも背中が丸まっていると思っていました。疲れやすいと感じることも多かったです。

――「トレーニングラボ」は、アスリート専用施設と伺っております。

牧野トレーナー:施設の始まりは30年以上前で、その頃はフィットネスクラブのように一般の方も利用していました。その後、森永製菓がアスリート支援に取り組むのをきっかけに、この施設もトップアスリート専用となっています。

現在ではアスリートの業界では認知度も広まり、これからは外へ向けての発信を行っていこうと取り組んでいます。

――eスポーツへの取り組みもその一環なのでしょうか。

牧野トレーナー:そうですね。ただ、eスポーツへの取り組み自体は、inゼリーの企画から始まっています。以前からゲーマーの方々に愛飲されており、試合の合間にも飲めるということでeスポーツとの親和性が高く、eスポーツ専用の商品が開発されました。

しかし、ただinゼリーを普及させたいだけではなく、これまでトレーニングラボで培ってきた経験を活かし、eスポーツ選手のコンディション管理、フィジカル面を支援していこうという目的があります。

――あぐのむ選手が行っているトレーニングは、今後のeスポーツ選手の強化プログラムの土台となるわけですね。

牧野トレーナー:その通りです。僕もeスポーツ選手を指導するのは初めてで、この施設をアスリート以外が利用するのも久しぶりのことですので、あぐのむ選手の成長具合を見ながら「これならできる」というジャッジをしている最中です。

――現在、あぐのむ選手はどのようなメニューに取り組まれているのでしょうか。

牧野トレーナー:あぐのむ選手は多くのeスポーツ選手と同じく運動習慣がなかったので、姿勢を直し、体に柔軟性を出すための「トレーニングをするための準備」を続けてきました。姿勢などが悪い状態でトレーニングを始めても、体の悪い部分が助長されてしまうだけなのです。

――トレーニングにも下地作りが必要なのですね。

牧野トレーナー:そうですね。また、すぐに本格的なトレーニングを行うと、経験したことがない種類の筋肉痛が出てしまうので、シーズン中は体作りに専念しました。本番の試合中に筋肉痛で集中力を欠くことなどがあっては、本末転倒ですから。

――あぐのむ選手は以前、ストレートネックを患っていたと伺いました。トレーニングも再発防止を意識された内容となっているのでしょうか。

牧野トレーナー:ストレートネックは背骨がC字型になっている状態、つまり猫背が原因となって表れる症状です。猫背の原因を解消して背骨本来の形であるS字型に戻せば、自ずとストレートネックの再発も防げるはずです。

――背骨がC字型になっていることで、どのようなリスクがあるのでしょうか。

牧野トレーナー:代表的なのが肩こりや腰痛、頭痛です。また、股関節周辺に詰まりが出ることで、膝の痛みが出ることもあります。高齢者が訴える体の痛みは、猫背が原因となっていることが多いですね。

ほかにも、呼吸が浅くなってしまうことによって、栄養素が体を巡りにくくなります。それによって、体がつりやすくなる、頭がボーッとするといった症状も出てきます。

――これはeスポーツ選手に共通するリスクと考えられますよね。

牧野トレーナー:そうだろうと思います。また、デスクワークが多い方も同じような体質になっていますね。

――特に頭がボーッとしやすいというのは、思考力で争う『シャドウバース』においては致命的ですよね。

あぐのむ選手:直結する問題です。実は頭痛に悩まされることも多かったので、猫背の悪い影響が出ていたんだと感じます。

――では、実際のトレーニングメニューについても伺っていきます。ストレッチポールを利用した、一見すると腹筋運動のように見えます。

牧野トレーナー:これは肋骨や胸骨などからなる「胸郭」に柔軟性を出すための動きですね。猫背や肩こりの原因を解消することを目的としていて、上半身の動きや呼吸に対して作用します。

実は野球の先発投手も、球を投げることに胸郭の動きが固くなってきて、腕が振れなくなってきます。肋骨に肩甲骨が付随しているので、肋骨の動きが悪くなると肩の動きも悪くなるためです。

――プロアスリートと同じメニューでありながら、狙う効果が異なるというのは興味深いですね。

牧野トレーナー:あぐのむ選手は長時間座っていることによって、固まっています。アスリートは動きすぎることによって固まるのですが、原因は異なっても「固まる」という結果は同じです。

――eスポーツ選手が抱える身体的な問題と、アスリートの抱える身体的な問題は共通する部分があるわけですか。

牧野トレーナー:アスリートは練習量の多さから体に相当な負荷がかかっているため、骨格が歪んだり、特定の部位が固まっていたりします。その状態では有効なトレーニングができないので、正常な状態に戻す必要があります。
eスポーツ選手も、特定の部位が固まっている点で共通していて、やはり正常な状態に戻す必要があります。

同じ姿勢を取り続けることと、同じ運動を続けることは理屈のうえでは変わりません。同じ姿勢を取り続けることがどれくらい体に悪影響を与えているかは、現在探っているところです。

――同じ姿勢を取り続けることと、同じ運動を続けていることが体に近しい負荷を与えるというのは驚きです。

牧野トレーナー:「同じ姿勢を取り続ける」ということを運動とすれば、座り続けることも運動と言い換えることができます。

――家のなかで寝転がって漫画を読んでいるときのような動きですね。

牧野トレーナー:これは腿の前側に作用する運動です。あぐのむ選手はお尻に踵をつけることができますが、普通の人が行うとお尻まで届かないことが多いんですよ。あぐのむ選手が毎日コンディショニングを続けている成果ですね。

――腿も椅子に座り続けることで固まっているわけですか。

牧野トレーナー:そうですね。腿の周辺が固まって血流が悪くなると、腰痛に繋がる恐れがあります。

――昔ながらのゴムチューブトレーニングですね。

牧野トレーナー:肩甲骨の位置を戻すための運動です。肩甲骨は背骨からその人の指で3本くらいの位置にあるのが目安なのですが、あぐのむ選手は4本、5本分の距離がありました。猫背の人は肩甲骨が外側にいってしまって、ハの字になってしまうためですね。
肩甲骨の位置の調整は意外と単純で、この動きを10回くらい行うと元の位置に戻りますよ。


――自転車のサドルのような器具に乗っての動作ですが、これはどういったものなのでしょうか。

牧野トレーナー:筋トレというよりも脳トレに近しいメニューになります。今後、重りを使ったトレーニングを始めていくのですが、最初は重りを持っていると「お尻の位置を動かして」「膝を動かして」と注意されても、重さに堪えるのに必死で動けないんです。注意されたときにしっかりと動けるように、体と脳の準備をしています。

――重りは筋力がついたらすぐに扱っていいわけではないのですね。

牧野トレーナー:人は筋肉の量によって、出せる力の上限が決まっています。その力の容量のなかで、さらに「バランスを取ること」などに力を割かなければいけません。仮に力の上限が100だとして、バランスを取ることに40の力を使ったら、発揮できる力は60となってしまします。

ですから、なるべく力を使わずにバランスを取れるようにトレーニングをする必要があるわけです。それを可能にするのが脳への意識付けであり、脳のなかに新しく回路ができることで自然とバランスを取ることに力を割かなくて済むわけです。100の力があれば、100の重りを持てるわけではないということですね。

――トレーニングと聞くと器具を使ったものを想像しますが、ほとんどのメニューが自重トレーニングだったのが印象的でした。

牧野トレーナー:あぐのむ選手はもう20キロくらいの重りを使ったトレーニングをするだけの力はありますが、自重だけでも十分なトレーニングになるんですよ。

――改めて解説していただくと、身近な動作も間違って覚えていることが多く、トレーニングは独学では難しいと感じます。

牧野トレーナー:にわか知識だけでは難しいですね。間違った方法では、トレーニングで怪我をしてしまうことすらあります。

――あぐのむ選手は実際にトレーニングによって、身体的な改善を感じていますか。

あぐのむ選手:最近は頭痛もかなり減りました。とくにストレートネックで悩んでいた頃と比べると、体の不調はほとんど感じなくなりました。

アスリート向けのヨガのメニュー。アクロバティックな動きをゆっくりと行う。地道に柔軟性と筋肉をつけていく。

著者・砂拭